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OSK春のおどり2015 (その4)

幕が下りてくる一瞬前の息を飲むほどカッコいい高世さんの決めポーズが、少々の違和感と納得できない気持ちとを軽くねじふせた後、祭囃子が聞こえてくる。

小ぶりな蛇の目傘をくるくると回しながら、花道に娘役が現れる。
それだけで、もうウキウキ。
前の景で感じていた緊張感が解放される。

いつかのたけふ公演でこういう傘を持って下駄でタップを踊る場面があったなあ。
最後に傘を逆向けに持ってぱっと開く、という見せ場があって、今回もあるかなと期待したが無かった。ちょっとがっかり。

花道から登場したのは若手の娘役たち。
音楽と共に幕が上がると舞台上で上位の娘役がそろって傘を回しながらポーズを決めている。
ここの幕が上がる時の音楽が、すごく期待感をあおる。



舞台奥の真ん中に船の舳先、両脇に橋の欄干のようなセット。。
やがて男役が加わり、にぎやかに川祭りの場面。
娘役も傘を手拭いに持ち替えて、あるいは吹き流しのように振り回し、あるいは首にかけ、またあるいは男女が互いに引っ張り合ったりしながら踊る。
このあたりの手拭いの扱いは、民謡メドレーの時などでもおなじみ。

最終的に手拭いをぐるぐる捩じって鉢巻きにした男役がV字の隊列をつくって踊るところもカッコいい。

獅子舞登場。
獅子頭をとると高世さんと桐生さん。
高世さんの髪が乱れているのも風情がある。
いつもキチッとしているイメージの強い高世さんだから乱れ髪が新鮮。

舞台後方の屋形船の中でも2頭の獅子舞。
こちらは若手の男役が入っているのだが、2階・3階席からだとせり上がって登場するのがよくわかる。

にぎやかなお祭り風景は観客も加わった大阪じめの手拍子で最高潮を迎えた後、静まって幕。



三味線に小唄の音色が聞こえてくる中、緋波道頓さんが再び登場。
南地大和屋伝統のへらへら踊りを紹介する。

さて問題のへらへら踊り。

昔の大阪の花街では、芸妓さんがお座敷で逆立ちをしてみせるという出し物があった、というのを知ったのは10年近く前になる。
私が初めて松竹座でOSKの春のおどりを見て、ファンになった年のことだ。

その年は秋にも松竹座公演があって、製作発表記者会見に一般のファンも出席することができた。
第1部の演出は今回と同じ山村若(当時)先生。
記者会見で先生は、「幕開きを黒芸者(裾模様の黒紋付きを着た芸妓、新年の正装)勢ぞろいにしようと思う」とおっしゃった。
その話を聞いた後で、戦前からOSKのファンだというご年配の方が山村先生は大和屋さんと御関係が深いからアレも出しはるのやないかしらと言って、芸妓さんの逆立ち芸のことを教えてくださったのだ。

同じ戦前生まれの実家の父に芸妓さんの逆立ちについて聞いてみると知っていたので、その年代で大阪にいた人なら誰でも知っているものらしい(と、いってもたった2人の例で決めてしまうのは早計かもしれないが)
父に言わせると、それは確かに見栄えもして舞台ウケするだろうが、お座敷芸、それもあんまり品が良いとは言えない所詮はキワ物やからOSKでやるのはどうかという意見であった。

たしかにお座敷の余興としては、おそらくは逆立ちが見事成功するよりも失敗して芸妓さんの白い脚がチラ見えするほうを客に期待されていたであろうことは想像できる。

へらへら踊りが考案されたのは大正時代だが、この当時和服の女性はいわゆる西洋式の下着をつけていなかった。昭和7年の白木屋の火事で、ロープを伝って避難中の女性が下ばきをつけていなかったので、風にめくれる裾を片手で押さえたために転落したという話があるぐらいで、西洋式の下着が一般女性に普及したのは戦後のことと言われている。まして伝統を重んじる花街の女性なら当然そんな無粋なものは身に着けていなかっただろう。

とすると、この余興は現代の私たちが思う以上にキワドイものだったと思われる。
でも、そのスケベな客の期待を裏切って、裾も乱さずまっすぐに倒立してみせるのがたぶん一流芸妓の心意気だったのだろう。そしてちょっぴりがっかりの気持ちを隠して、やんやの拍手喝采とご祝儀をはずむ旦那衆もまた遊び慣れた粋な客だったのだろう。

そんな全盛期の花街の流儀を現代の私は夢物語のように想像する。



それにしても、芸妓さんの逆立ち。
和服で逆立ちをしたら、当然裾がめくれて脚が露出するのじゃないか。
それが父の言うところでは、裾がめくれないように逆立ちするのが技なのだそうだが、そんな重力に逆らうようなことが可能なのだろうか?
いったいどうやって?
話に聞くだけでは、ものすごく不思議で謎だった。

だから、今回の松竹座公演の第1部でへらへら踊りがあると聞いて実はとても楽しみだった。
ようやく実物を見ることができて、長年の謎が明かされる。
初日、緋波道頓さんが大和屋の話を始めたあたりから、へらへら踊りキターッという感じ。
舞台には畳が敷かれ、襖が開いて芸妓さん(に扮した娘役さん)たちが登場。
いよいよ幻のお座敷芸が始まる。


といっても、いきなり逆立ちをするわけではないのだ。

そりゃそうだ。
それでは一瞬で終わってしまう。
逆立ちに至るまでに変顔をしたり、裾を後ろ手につまんでおどけたり、というのがあるのだが、全体としては踊りというよりも宴会芸の余興という感じだ。
クライマックスが逆立ち、というわけなのだが、ここでいよいよその実態を見ることになった。

まず、膝の間を手刀でぽんと叩いて裾を膝の間にはさむ。
しかるのちに、袖の中から出した赤い紐で両手首を固定。
頭を床につけて、いわゆる3点倒立。
ここで観客はおおっとなる。

裾を乱さないためには、両膝をぴったりつけたままで脚を上げなければならない。
少しでも膝が離れたら裾が落ちて脛が見えてしまう。
舞台では、裾が落ちても直ちに生脚が露出しないように、赤い裾除けがズボン型になっていた。
実際、9人並んだ芸妓さんの中には何人か裾が落ちてしまっている人がいた。

でも、そんなのは些細なことだ。


初日、なんと真ん中のリーダー格の娘役さんがまさかの倒立失敗。
決して簡単ではないのだろうと思ってはいたが、これは相当難関なのかもしれないと思わずにはいられなかった。


それからというもの。

この場面はものすごく手に汗握るハラハラの景となった。

舞台上の人はもちろん失敗したくないだろうけど、観客だって気持ちよく拍手喝采したい。
だから、全員の成功を祈っている。



ここで余談だが、文楽に「道行初音旅」という演目がある。
『義経千本桜』の一場面で、静御前と佐藤忠信(実は狐)が二人連れで義経のもとへ向かっている旅の途中という設定だ。
この中の一つの見せ場が、静御前が後ろ向きに投げた扇を忠信が受けるというもの。
文楽だから人形の手に投げさせて、人形の手でキャッチしなければならない。
何度も見ているが、いつも成功するとは限らない。
私は一度、人間国宝・吉田蓑助さんの静御前の投げた扇が大きく方向をそれて飛んだのを覚えている。
大抵はうまくいって拍手喝采なのだが、たまにこういう失敗があるから、いつもその瞬間までハラハラドキドキしている。

へらへら踊りの倒立も同じだ。

今日は全員うまくいくだろうか。
うまくいって欲しい。
心配で、美人の変顔も笑うどころではない。
芸妓さんたちのおどけた身振りに、本当はげらげらと笑うべきところなのだろうが、つい緊迫した雰囲気になってしまう。

結局公演中は、何度か失敗もあったようだが、千秋楽には全員の脚がそろって高々と上がり、壮観であった。


OSKの日舞ショーではふつう洋楽が使われるが、ここの音楽は珍しく三味線に小唄だか端唄だかの邦楽である。
衣裳といい、舞台装置といい、往時のお茶屋遊びをかなり忠実に再現しているのではなかろうか。
それはとても興味深く、とりわけ私のように聞きかじりで想像していた者にとっては嬉しい趣向だったが、いかんせん洋楽に慣れた耳には少々テンポが悪く感じられるのは仕方ない。

私はこういう時、というか、伝統芸能を見る時は例えば文楽だったら江戸時代の人になったつもりで観る。
その時代の空気や時間の流れを想像し、その中に身をおいたつもりになる。
そのやり方に従えば、ここは戦前の浪速の旦那衆の心になって舞台の芸妓さんたちを観なければならない。
戦前でなくたってお茶屋遊びをするような人の気持ちなんて本当は全然わからないのだが、勝手に想像すると享楽的で鷹揚で好奇心と精気と稚気をたっぷり持った人たちだったのかな、と思う。

ツイッターでも書いたことだが、舞台上では逆立ちの失敗はそのまま失敗で観客も気まずいが、お座敷ではむしろ失敗もご愛嬌。
見事に倒立が成功すれば、やんやの喝采でご祝儀。
失敗して裾を乱してもそれはそれで旦那衆には大ウケという、どちらに転んでもお座敷が盛り上がる秀逸なアトラクションとして、評判をとったのもうなずける。

「おおきに、ええもん、見せてもろた。ほな、これ(おひねり)とっときなはれ」
こんなふうに浪速の旦那衆は言っただろうか。

平成の私たちもしばしお大尽になったつもりで「ええもん、見せてもらいました」と思うことにしよう。

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