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OSKミュージカル『バンディット ~霧隠才蔵外伝』

「バンディット」を見ました。

1月にOSKは真田幸村を主人公にしたミュージカル『YUKIMURA』を上演しましたが、今回は真田十勇士の一人、霧隠才蔵が主人公です。
才蔵が真田幸村と出会う前、伊賀の里を出て抜け忍として放浪している時のお話です。



公演を見た感想を書こうと思ったのですが、その前におもしろいことを見つけてしまったので、そっちを書きます。


実は今日、観劇を終えて帰る道で、ファンのお仲間と口々に感想を言い合っている時、ある人が言いました。

「わからないことがあるの。どうして、信長が出てくるの?」

状況を説明しますと。

才蔵は生き別れになった幼馴染の恋人お初を探しています。
やっと見つけたお初は、遊女屋にいました。
遊女に身を落としたことを恥じるお初は、このような運命を招いた出来事を思い返します。
才蔵は言います。

「なにもかも、信長のせいで!」

日本史にちょっとでも興味のある人なら、伊賀と信長と言えば、ピンときます。

伊賀攻めですね。

織田信長というと、本願寺攻めとか、比叡山焼き討ちとか、とかく派手な焼き討ちで敵方を攻め滅ぼすのが常ですが、伊賀でも大軍でもって徹底的な壊滅作戦をとっています。

私の脳裏にうかぶビジュアルは、白土三平の絵です。
白土三平は『カムイ外伝』とか『サスケ』など、忍者マンガの大御所です。
貧しいけれど、平和に術の修行なんかしながら暮らしていた忍びの里が、織田の軍勢に攻められ、家は焼かれ、女子供も情け容赦なく皆殺しにされます。
その地獄図を象徴するのが、悪鬼のごとき織田信長。

OSKの舞台で、高世麻央さん演じる才蔵が「信長のせいで!」と言ったとき、私は瞬時に白土三平の描くマンガの絵を思い浮かべ、その光景の中に、里を守ってカッコよく戦う高世さまや、逃げ惑うこころちゃん(お初)を置いてみました。

でも、信長の伊賀攻めって、知らない人は知らないみたいなのね。
ここは、ちょっと説明が必要だったのではないでしょうか?

知らなかったわ!という人で、もっと知りたいと思われた方がいらっしゃったら、このブログなんてどうでしょうか。
今日は何の日?徒然日記


さて、これで一件落着・・・でしょうか?

実は、ここからがちょっと問題。

一般に信長の伊賀攻めとして知られているのは、第二次天正伊賀の乱です。
この戦いが終ったのが、上のブログでも紹介されているように、天正9年(1581年)9月。
その9ヵ月後に本能寺で信長は明智光秀に殺されます。

一方、「バンディット」は、冒頭のナレーションによれば、慶長15年(1610年)。
プログラムのあらすじにも、関が原の戦いより10年と書かれています。
関が原の戦いが起ったのは慶長5年(1600年)ですから、計算は合いますね。

しかし、上に書いた伊賀攻めの年代を見てください。
1581年というと、「バンディット」の時代よりも29年も前。
その時に、弥吉が見とれるような素晴らしい活躍を見せた(弥吉さん談)のなら、才蔵は当時何才だったの?
それに、お初はまだ18才のはず(才蔵のセリフより)。
伊賀攻めの当時は、まだ生まれてもいない!

なんだか、根本的に私の理解に間違いがあるようです。

才蔵たちが戦って、お初の一家が逃げ出さなければならなかった事件は、

信長の伊賀攻めじゃなかった ということでしょうか?

でも、それならなんで

「信長のせいで」ってことになるんでしょ?

だいたい、普通に考えたら、信長の生きてるときには、二人ともまだ生まれていなかったのでは?
(一応、このお話では才蔵は20代前半と推定しています)

信長に攻められて、伊賀から逃げなくちゃいけなくなったから、後にまた何かの戦いに巻き込まれてしまったということなのでしょうか?
それなら、あの神社の境内で一目をしのんでデートしたりしていた思い出は、一体どこでの話なんでしょう?
弥吉と平八も一緒に4人で遊んでいた平和そうな子供時代というのも、どこで?

伊賀攻めの後でも、多少は伊賀に残っていた人もいたみたいなんですが、それなら今度は、才蔵とお初が別れ別れになる原因となった事件は何?

そして、それに信長はどう関係してくるの?

考えてると、ますますわからなくなってきます。


でもね。

脚本の揚げ足をとろうっていうつもりじゃないんです。

べつに、OSKの舞台で「その時、歴史が動いた」は期待していません。

霧隠才蔵という人自体、架空の人物です。
ちょっと歴史っぽい背景があればいいの。
そんなに厳密に史実と摺り合わせなくても、かまいません。

史実では、佐竹だって、江戸時代にも存続しているところをみると、豊臣に忠誠を誓い続けたわけでもなさそう。


後から、本を見たり、ぐぐったりして調べたら、?(ハテナ)って思うようなことでも、舞台を観ている時にはなんとなくありそうなこととして、納得できるんならそれでいいと思います。

とは、いうものの。


ストーリーや設定を史実に照らして、矛盾をみつけると、つっこみたくなってしまうのでした。




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