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「縁あって乙女文楽 吉田光華の世界」その3

その1 その2 からのつづき


休憩をはさんで、トークコーナー。
光華さんが人形と一緒に客席をまわった後、進行役のいま寛大さんがインタビュアー役になっていろいろなお話を聞きます。
興味深かったのは、乙女文楽独特の人形の構造についてのお話。





このブログでも5月8日付の記事で説明しました。
さもわかったように書いていますが、その説明は月刊「大阪人」に乙女文楽の記事が載ったときの切り抜きを元にして書いたものなのです。
舞台上で演じているところを外側から見たのと、「大阪人」の記事の写真だけでは、具体的にどういう形になっているのかは、いまひとつ、はっきりとはわかりませんでした。
今回、はじめて実際に人形の首と遣い手の頭をつなぐ紐を外して見せたり、胴体から後ろに出た金属の部品が遣い手の二の腕にどのようにひっかけてあるかを見せてもらったので、よくわかりました。

紐は人間の頭の両側に固定されているようです。それを人形の耳のあたりに付けます。何かひっかける金具があるようでした。
それだけの仕掛けで、使い手が頭を左右上下に動かすと、その動きに連動して人形の首が動きます。
左右上下の「これだけしか動かないんですけどね」と光華さんはおっしゃいましたが、演じられたものを見ると、到底そんな単純な動きだけではなく、複雑で微妙な動きをしているように見えました。
例の「大阪人」の記事によれば、素人がやると、人形の首はカクンとしか動かないらしいですから、やはり習練を積んだ芸の力なのでしょう。

二の腕に金属でできた湾曲した棒をひっかけて胴体を支えるのが腕金式です。
この方式ですと、おそらく人形の重量はほとんどが両の二の腕にかかると思われます。
人形は10キロ近くあるものもあるらしいので、なかなか重労働です。
その上、腕は人形を支えるだけでなく、肘から先は人形の腕の演技をしなければなりません。

想像ですが、光華さん、たいへん小柄な方ですが、腕は折原さんにも負けないぐらい筋肉がついていらっしゃるのではないでしょうか。

人形の足は、遣い手の両足に固定されます。
光華さんは着物に袴姿なのですが、袴の膝に穴が開いているそうで、固定する仕掛けは外から見えないようになっています。
ただし、今書いていて気がつきましたが、文楽の女人形には足は無いはずです。
記憶によれば、見たところ着物の裾に綿が入って、しっかりと形がつくってあるようでした。
「私が足を動かすと、こんなふうに人形が歩いているように見えます」と実演してくださったのを見ると、ちょうど普通の文楽で足遣いが女の人形の足を動かした時のような感じに見えました。


トークが終って6番目の演目。
舞踊「京人形」は歌舞伎の同名の演目をアレンジしたもので、光華さんが以前から是非やりたかったのだそうです。

名人左甚五郎が、吉原の花魁に似せて人形を作る、という話で、歌舞伎なら人形の役を人間の役者が人形ぶりで演じる。そこがおもしろいところです。
今回は人形をそのまま人形が演じるというわけで、それって当たり前じゃない?となるのですが、人形に魂が入って動き出すという話なので、本物の人形だと、それはそれでファンタジックな雰囲気になりました。
特に甚五郎が人形を可愛がってお酒を飲ませるまねをしたりするところ、今でいうなら人形フェチといいますか、あぶない奴っぽい感じが際立っておもしろかったです。
彫刻の名人というと芸術家というイメージですが、一つ間違えばオタクなキャラとも言えます。
お気に入りキャラのフィギュアを溺愛するオタクというと、ものすごく現代的なテーマにも思えます。

甚五郎とその女房おとくを演じるのは、わがOSKの真麻くんと恋羽さん。

この演目は、本来人間が演じる人形役を本物の人形が演じるというところに眼目があると思うので、甚五郎とおとくは脇役なのですが、けっこうOSKの二人にもそれぞれ一人で踊るところがあったりして、見ごたえがありました。
真麻君と恋羽さんは、洋物のダンスを踊っているときは華やかなペアだなあと感心したのですが、こちらを見ると、もしかしたら和風のほうが似合うんじゃないだろうか、と思いました。
真麻くんはすっきりとスマートな着流し姿。
恋羽さんは、地味な女房風の拵えですが、帯だけ赤くてちょっと可愛い。
この恋羽さんが、最初のうちは、本当に男ってしょうがないわね、という態度で、甚五郎の酔狂を大目にみているのですが、そのうち、人形といちゃいちゃする甚五郎にやきもちを焼く。
それがなんとも可愛らしいやきもち女房ぶりで微笑ましいんです。

お芝居仕立てですが、ふんだんに踊りが入っています。
OSKの劇団員ブログで、恋羽さんと真麻さんが日記に、最初は不安だったと書かれていますが、当日の演技をみると不安どころか、全く堂々としたものでした。( 恋羽さんの日記 真麻さんの日記 ←クリックするととべます。写真もアップされています)

圧巻は、人形を真ん中にして3人が並んで踊るところ。
3人の動きが見事にシンクロしていて、これがOSKの3人だったら揃っていて当然なのですが、真ん中がお人形なので、目新しく、感心しました。

私は文楽でもお人形が踊るところが好きなのですが、特に好きな「妹背山女庭訓」の道行きを思い出しました。
(これは、4月の国立文楽劇場公演で見たばかりなので、記憶に新しかったということもあります)

人間の踊り手とのコラボは、乙女文楽ならでは、という気がします。
遣い手の動きがダイレクトに人形に伝わる乙女文楽なればこそ、人間と同じテンポで一緒に踊って違和感がないのではないでしょうか。
もちろん、3人遣いの文楽でも、名人が遣うと人形はなめらかな動きでしなやかに踊ります。
でも、考えてみてください。
真麻君と恋羽さんの間に、乙女文楽だったら人形を前にかかえた小柄な光華さんです。
普通の文楽ですと、人形の後ろにおじさんが3人もいるんです。
いや、名人が遣うと人形だけが見えて人形遣いの存在が気にならなくなるというのは事実ですよ。
しかしそれは、文楽の舞台上でのこと。
文楽の舞台は、船底といってお客から見える地面よりも下に掘り下げられています。従って、観客から見えるのは通常、主遣いと左遣いは腰から上だけ、足遣いはかがんで人形の足を持っているので、ほとんど姿は見えません。
先日の京人形ですと、普通の舞台の上に、人間と並んで人形遣いが立つ形になります。
踊りですから、後ろを向いたりするふりもありますが、そんなとき、乙女文楽なら、人形遣いが一人ですから、くるりと振り返ればいいだけです。後ろを向くと人形は見えなくなりますが、袴をつけた光華さんも踊りの手と同じ動作をしているので、踊りは続いているような感じです。

これが、3人遣いならどうでしょう。
まず、主遣いは足遣いと身長差を出すために独特の高い下駄をはいています。それだけでも異様です。
ふり向くときは、身体をまわす円の外側になった人は大回りしないといけません。
後ろ向きになったら、腰をかがめた足遣いがもろに見えるわけですね。
普通の文楽の舞台だと、下の方は見えないので、こういうとき、人形遣いさんがどんなふうに動いているのかは、想像するしかないのですが、もたもたしていたら全然ダメだし、俊敏でも、それはそれで、なんか忙しい雰囲気になりませんか?
そもそも、3人遣いの文楽では、舞台の構造上、人形遣いの下半身が隠れるようにできているから、なんとか見ていられるのじゃないでしょうか。

と、まあ、そんなことを考えながら見ていたのです。
人間と同じ舞台で共演するなら乙女文楽のほうが、向いている、とすれば、この企画はまことに乙女文楽にふさわしい試みと言えるでしょう。
また共演相手に、OSKを選ばれたことも良かったと思います。
これは私がOSKのファンだから、という贔屓目も入っているかもしれませんが、折角だから、女性だけの舞台というのが乙女文楽らしいと思うのです。

コメント

No title

見たかったなあ。恋羽さんのお写真を見ると、人間と人形の中間みたいな3人(?)ですね。地味な色味のお着物が、すごく色っぽい。朝まで悩んでいましたが、結局、よんどころない用事で行けなくなったので、いっそ、すっぱりあきらめがついたという感じ。たっぷりレポートありがとう。

>よっちゃん

出演者を劇団はどういう基準で選んだのかわかりませんが、上手い人選だと思いました。
本当に二人ともお人形がそのまま人間になったみたいなのですもの。

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