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欲張りな注文

2010年のOSK「春のおどり」

第1部のミュージカルも、第2部のショーも、私は好きでした。
とても楽しいと思いました。

しかし、「桜彦 翔る」の最初のほうにこういうセリフがありましたねえ。

人は幸せになると、欲が出て、なお一層の幸せが欲しくなる。

正確には思い出せませんが、だいたいこんな感じだったでしょう。

全般的にはよかったな~と思っていても、「ここが、もうちょっとこうなってたら、もっとよかったんじゃない?」という気がするものです。
なかなか、これで満足とはいかないものですよね。


まず第1部「桜彦 翔る エピソード2」について

これは、もう何と言ってもゼノビアが消えてしまったことが不満!

黄泉比良坂で、お腹の赤ちゃんに話しかけるとき「そして一緒におうちへ帰りましょうね」って言ってたやんか。
だから、最初に観たときは、最後までゼノビアは桜彦と一緒に帰れるんだとばっかり思ってたよ。

2回めからは、ラストが判っているので、このセリフでうるうる。

作劇上の効果とか、構成とか、どうでもいいから、ラストで桜の花びらの中から桜彦が赤ちゃんを掘り出す場面は、桜の花びらの中から、赤ちゃんを抱いたゼノビアが現れるってことにしてほしかった。

だって、あの岩屋の戸が閉まるときに、近寄っていったゼノビアをとんって押し返してくれたラバーナの心遣いはどうなんの?

母親が身体をはって我が子を守る、というシチュエーションは、納得できるんです。

例えば、現実に赤ちゃんがグリッソムの手で殺されようとしていて、それを命がけで救い出すとか。
そういうので、母親のほうが命を落とした、というんなら、(それはそれでうるうるなんだけど)まあ、わからんではないかな、と思う。

でも、全部ごたごたが解決してから、あの暗闇の中でわけわからんうちに赤ちゃんだけ残して消滅してたって、何それ?

ゼノビアはどこへ行ったんでしょう?
現世でもなく、黄泉でもない、どこか?

「わたくし幸せでした」と、言われても、生まれたばかりの我が子を残して消える母親って、その状況自体、不幸だと思うんですけど。
たとえ、生まれた子が光の御子で、もしかしたらスーパーな能力を持っているかもしれなくても。
だいたい、育児をあの桜彦にまかせるのって、私だったらちょっと不安。

桜彦が赤ん坊を高くかかげてから、抱きしめるラストというのは、たしかに印象的なのですけどね。



前作のストーリーをスクリーンの映像で説明していたわけですが、私はその映像がけっこう好きだったので、楽しんでみていました。
たぶん、本来ならこれまでの経緯を劇中のセリフに織り込んで、はじめての観客にもわかるようにするのがいいのでしょうけど、余分な時間、余分なセリフを増やさないためには、この方法が適当だったと思います。

ただ、グリッソムをスクリーンに映し出すのは、どうして舞台上に生身の役者が出るというのではダメなのだろう?という疑問は持ちました。
演出家の考えで、効果的と思われたのか、何か都合があったのか。
前回のお話は仕方がないけど、折角、劇場まで見に行っているのだから、観客としてはなるべく生身の演技が見たいと思います。



これも短時間にお話をつめこんだためかもしれませんが、わりとシリアスな場面ばかりが続いて、観ていて、ほっとしたり気を抜いたりするときがほとんど無かった。
ずっと眉間に縦じわを寄せているような感じでした。
唯一、ほのぼのした雰囲気だったのが、ラバーナとヴィヴィが客席に降りて言葉をかわすところ。
ああいう感じの場面がもう少し他にも欲しかったな。

前作で、ナンタラとカンタラという二人組の家来がいました。
彼らに相当する役が、今回はグリッソムの手下、デーモン・サーモン・エーモンだったと思われます。
語呂合わせっぽいネーミングも対応しています。
ただ、ナンタラとカンタラを演じていたのはベテランの緋波さんと貴城さんでしたから、登場場面も多く、笑わせ役として、芝居の緩急でいったら緩の部分で重要な役割を果たしていました。
今回の3人は、期待の若手花形トリオ(真麻・楊・悠浦)ですから、それなりにインパクトは強く、特にビジュアル面では申し分なかったのですが、コメディ・リリーフとしての役割はあまり成功とは言えなかったように思います。
実際、舞台で笑いをとるのは、カッコよくきめるよりも難しい、年季の必要なことなのでしょう。
脚本にも原因があったかもしれないので、役者の力量ばかりを責めるわけにはいきませんが。

前回と今回で、彼らが自分の名を名乗る場面があります。

前作では、桜彦の剣の相手をこの者たちがします、とラバーナが紹介する場面で、

(高世)「ここにおります」(緋波)「ナンタラと」(貴城)「カンタラが」~

ここで貴城さんが「カンタラが」と言うと、いつも客席からくすくす笑いが起こったのを思い出します。

エピソード2では、自分で言うのじゃなくて、3人の名前をヘル夫人が呼ぶのだったでしょうか。(早くも記憶あやふや)

「デーモン」「サーモン」「エ~~モン」

「エーモン」のところに変な節がついていて、いかにも笑ってくれと言わんばかりなのですが、去年の「カンタラ」ほどの笑いは起こらなかった気がします。

お芝居が苦手な私でも、楽しめるのは、笑いの部分です。
コメディでなくても、全体としてはシリアスなお話でも、コミカルな場面を入れるのは可能でしょう。
セリフ自体がおもしろいことを言っていなくても、ちょっとした間のとり方でも笑いは生み出されます。
ただ、それにはキャリアが必要なのかもしれません。

若手さんたちには、今後の研鑽を期待しましょう。

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