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昨日の敵は・・・

「桜彦翔る エピソード2」について。

数日前にも書いたが、北林作品の特徴に、敵役に何らかの事情があって憎みきれないという設定になっているという点がある。
今回で言えば、人間界の征服を企んでいた黄泉の王グリッソムは、父に愛されず、悲惨な状況で母を失ったというトラウマをかかえていた。

このような設定があると、敵を倒すことに罪悪感が生じ、充分なカタルシスを得られない。

桃太郎が鬼をやっつけるというような単純な話よりも、物語に深みは出るが、爽快感は失われる。

しかし、このようなひねりは、北林作品に固有のものではなく、アニメやコミックでは既におなじみのものである。

アニメが「テレビまんが」と呼ばれた時代には、悪い奴はどこまでも悪く、ヒーローはあくまで正義の味方として迷いなく悪を倒すのが良しとされていた。
いつの頃からか、敵キャラは憎々しいだけでなく、それなりに視聴者の共感を得るところを持っていて、単純な正義感がゆらぐという屈折したストーリー展開が頻繁に見られるようになった。
視聴者の年齢層が高くなり、単純な勧善懲悪では飽き足りなくなって、より複雑なストーリーが求められるようになったのであろうか」。

ここでこの問題をこれ以上考察するのはひかえるが、要は「桜彦 翔る」の随所に私はアニメ作品を連想させるモチーフを感じ取ったということが言いたいのである。





もう一つ、非常にアニメ的と言えるのは、ラバーナの扱いである。
前作で敵役だったラバーナは、「エピソード2」では主人公を助け、友となる。

第一作の敵が、二作目では味方になっている、という設定も、アニメではおなじみのシチュエーションだ。
多くの少年マンガでは主人公と戦ううちに、敵との間に心の交流が芽生える。
そして、大抵の場合、勝負は主人公の勝利で終るが、戦いを通して互いの実力を認め合った二人は無二の友になる。
この場合、戦いが一種のコミュニケーションツールとして作用するとみられる。

いわゆる、殴り合ったあげく、「わはは」と笑って肩を組むという図である。

桜彦とラバーナは、べつに殴り合ったわけではないが、前作のラストで刀を交えたときが、それっぽい状況と言えなくもない。

また、この二人は、ゼノビアをはさんで三角関係をつくっている。
恋敵として憎み合うのが当然で、実際、そのような場面も劇中にはみられる。
が、同時に二人とも同じ女性を愛しているということは、好みが同じともいえるわけで。
つまり、その点で気が合うとも考えられる。
実際、「エピソード2」では、ゼノビアを守るために二人は協力するのである。

一作目で敵だった相手が、続編では味方、というので思い出すのは、最近に劇場版を見たアニメ「魔法少女リリカルなのは」シリーズだ。
(こんなタイトルで、お子様向きアニメのふりをしているが、実はTV版の放映時間は深夜だったので、マニアックな大人しか見ていない。古典的な魔法少女アニメのパロディのような作品である)

第1シリーズで、小学3年生の主人公・高町なのはと戦ったフェイト・テスタロッサは、最終回でなのはと和解し、第2シリーズでは、「一番のお友達」として共に新たな敵と戦う。
実は、第3シリーズでは、第2シリーズの敵が主人公の仲間に加わっているという具合で、シリーズを重ねるごとに、協力者は増殖していく。

と、いうことは、もしも「桜彦 翔る エピソード3」があるとしたら、グリッソムも桜彦の友になるのかもしれない。

それは、余談だが、「魔法少女リリカルなのは」第1シリーズのラストで印象的な場面がある。
主人公と敵役は、同じ年頃の少女で、二人とも長い髪を2つに分けて束ねている。
いわゆるツインテールという髪型だ。
和解をして、友情を誓い合った二人は、その証しとして、髪を縛っていたリボンを交換する。
エンディングでは、お互い相手からもらったリボンを髪につけている映像が出る。

で、桜彦とラバーナなんですが。
桜彦はポニーテールだし、ラバーナは上のほうだけ髪を縛っているんですね。(←こういう髪型もなにか名前があるらしいけど、忘れた)

髪を束ねているリボン状の飾りは、桜彦は金色、ラバーナは黒。
形はとても似ているように見えた。

これを交換したらどうだろうか、と思いながら、舞台を見ていた。
なんか、「天に定められた友」だったみたいですし。
地上と黄泉の国に別れても、おたがいのことを忘れない・・・と。



1時間ちょいの上演時間で、そんなことをやっている暇はありませんでしたね、はい。



前作で敵だったが、今回は味方、というと、魔女アリアンローザもそうだ。
しかし、アリアンローザの扱いはどちらかいうと、アニメというよりゲームを連想させる。

ストーリーの大詰め。
桜の精となった巡礼軍団と、グリッソム側近の鬼軍団が入り乱れる中、天標の剣など恐れるに足らずとばかりに大暴れする黄泉の王グリッソム、という局面。
主人公がおされ気味でピンチ!という瞬間、ゼノビアに促され、婦唱夫随で天標の剣をかかげると、アリアンローザの封印が解けて、グリッソムを攻撃する。

舞台は大盛り上がり。

ここでこういう形で出てくるか、アリアンローザ!という感じで、意表をつかれた。

さて、このアリアンローザ登場の過程だが、最終決戦の場でラスボスの攻撃→最強魔法アイテム(天標の剣)使用→守護魔神召喚、というわけで、これはまさにRPGの最終局面を思わせる。
つまり、アリアンローザは召喚獣になっちゃったのだね。

ランプをこすれば、ジーニーとか。
笛を吹けば、マグマ大使とか。
くしゃみをすれば、大魔王とか。

天標の剣、慈悲の心で振るえば、天を味方にするって、そういう意味だったのか(違います)。

ついでに言うと、記憶を消されている間は、おびえて逃げ回るだけだったゼノビアが、この大事な場面にきて、いきなりしゃきっとして、天標の剣の使用に関してもイニシアティブをとり、場の収拾をはかる、という展開は、最も非力な者が最終的な勝負を決めるキーパーソンとなるという原則にも合っている。



そんなわけで、アニメやゲームでおなじみのシチュエーションが見え隠れする「桜彦」のお芝居は、大いに楽しめたのでありました。

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